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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)7791号 判決

原告 雪印乳業株式会社

被告 東海林悦子 外二名

主文

一、被告らは各自原告に対し、金一、一〇六、〇五九円およびこのうち、金九三五、二一一円に対する昭和四二年九月一九日以降完済に至るまで金一〇〇円につき一日金八銭の割合による金員の支払いをせよ。

二、原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

三、訴訟費用は三分し、その二を原告の、その余を被告らの連帯負担とする。

四、この判決は、主文第一項に限り、原告が被告ら三名に対し金四〇〇、〇〇〇円の担保を供したときは、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告

「被告らは各自原告に対し、金二、九三五、二一一円およびこれに対する昭和四〇年五月三一日以降同年八月三一日まで、ならびに昭和四一年七月八日以降完済に至るまでそれぞれ金一〇〇円につき一日金八銭の割合による金員の支払いをせよ。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告ら

「原告の請求を棄却する。」との判決。

第二、原告の請求原因

(一)、昭和三八年一〇月三〇日、原告は被告悦子と、次の約定を含む牛乳その他の乳製品の卸売契約(以下「本件卸売契約」という)を締結した。

(1)、原告は被告悦子に対して、牛乳その他の乳製品(以下「牛乳等」という)を売渡し、被告悦子はこれを買い受ける。

(2)、売渡した牛乳等の代金は、前月二六日から当月五日までの分を当月一〇日までに、当月六日から当月一五日までの分を当月二〇日までに、当月一六日から当月二五日までの分を当月末日までに、原告の東京営業所に持参して支払う。

(3)、この契約に基く取引によつて、被告悦子が原告に対して負担する債務元本極度額を三、〇〇〇、〇〇〇円とする。

(4)、被告悦子がこの契約に基く債務の履行を遅滞した場合は、一〇〇円について一日八銭の割合による遅延損害金を支払う。

(5)、被告悦子が牛乳等の代金を約定期限までに支払わなかつたときは、原告は通知、催告をしないで、この契約を解除することができる。

(二)、(1) 、同日、被告良作および被告富田は原告に対して、本件卸売契約に基く被告悦子の債務を連帯保証することを約した。

(2) 、昭和四〇年四月一三日、原告と被告悦子の合意によつて、本件卸売契約に基き、被告悦子が原告に対して負担する債務元本極度額が一〇、〇〇〇、〇〇〇円に改められ、被告良作、同富田はこれを承認した。

(三)、昭和四〇年一月二七日から同年五月二六日までの間に、原告は被告悦子に対して別紙売掛代金一覧表〈省略〉記載のとおり代金合計五、六八六、九二六円の牛乳等を売渡し、また右期間中に原告が被告悦子に売渡した牛乳受箱等の代金、および原告が被告悦子に貸与した牛乳容器が返還されないことによつて、原告が支払いを受けるべき約定弁償金の合計は、七六、五四八円となつた。

(四)、原告は、右(三)の被告悦子に対する売掛代金等総計五、七六三、四七四円(以下一括して「本件売掛代金」という)の元本の内金の弁済として、芦野良一より合計二、八二八、二六三円の支払いを受け、また連帯保証人である被告良作に対する横浜地方裁判所昭和四〇年(ケ)第一三八号不動産任意競売事件において、配当金として四五六、一九〇円の支払いを受け、これを本件売掛代金に対する昭和四〇年九月一日以降昭和四一年七月八日までの約定遅延損害金の弁済に充てた。

(五)、よつて、原告は被告ら各自に対して、本件売掛代金元本残二、九三五、二一一円ならびにこれに対する昭和四〇年五月三一日以降同年八月三一日まで、および昭和四一年七月八日以降完済に至るまでの一〇〇円について一日八銭の割合による約定遅延損害金の支払いを求める。

第二、請求原因に対する被告らの答弁

(一)、請求原因(一)の事実のうち、(4) 、(5) の約定を除くその余の事実は認める。(4) 、(5) の約定があつたということは知らない。

(二)、同(二)の事実は認める。

(三)、同(三)の事実は認める。

(四)、同(四)の事実のうち、芦野が原告主張の弁済をしたことは認める。

第三、被告らの抗弁

(一)、昭和三二年頃、被告悦子は、原告の仲介によつて平山烈より、同人が営んでいた横浜市南区万世町二丁目二七番地所在の雪印牛乳南販売所(以下「南販売所」という)の営業(契約販売による顧客および小売店等の得意先を含む)を、右営業所における牛乳の一日の平均販売実績を、一八〇cc入り一本につき五〇〇円の割合で換算、算出した代金一、五〇〇、〇〇〇円で譲受け、以来原告より牛乳等を仕入れ、その販売に努力した結果、昭和四〇年五月下旬当時の南販売所における牛乳の一日の平均販売実績は、六、〇〇〇本(一本を一八〇ccとする。以下同様である。)以上であつた。当時、牛乳販売業者間において、牛乳販売営業の評価額は、一日平均販売量を一本につき五〇〇円の割合で換算した額とされていた。したがつて、被告悦子が営んでいた南販売所における営業の昭和四〇年五月下旬における評価額は少くとも三、〇〇〇、〇〇〇円であつた。

(二)、昭和四〇年五月末、原告の使用人水島康雄および同柴沼が、被告悦子の使用人である芦野良一と共謀のうえ、原告は本件卸売契約を解除して被告悦子に対する牛乳等の卸売を中止し、他方芦野に対して牛乳等の卸売を始め、芦野は、被告悦子が南販売所において使用していた従業員一〇数名を使用して被告悦子の南販売所の得意先に対する牛乳等の配達販売を行うようになつた。このため、被告悦子はその南販売所における営業の得意先を総て芦野に奪われ、南販売所において牛乳等の販売営業を継続することが不可能となり、これによつて右販売所における営業の評価額である三、〇〇〇、〇〇〇円の損害を蒙つた。

(三)、芦野良一は、右のようにして被告悦子の南販売所における営業の得意先を奪つて、これに牛乳等の配達販売を行うため、被告悦子が得意先二、〇〇〇軒に設置してあつた被告悦子所有の牛乳受箱(一箇の価格三〇〇円)二、〇〇〇箇を奪つたので、これによつて被告悦子は六〇〇、〇〇〇円の損害を蒙つた。

(四)、右(二)、(三)のとおり、原告の使用人が原告の事業の執行につき芦野と共同して行つた不法行為によつて、被告悦子は三、六〇〇、〇〇〇円の損害を蒙つたから、使用者である原告に対して右損害の賠償請求権を取得した。そして被告ら訴訟代理人が、昭和四一年一月二五日午前一〇時の本件口頭弁論期日において、昭和四〇年一一月二九日付準備書面の陳述により、原告に対する右損害賠償請求権をもつて原告の被告悦子に対する本件売掛代金債権と対等額において相殺する意思表示をしたから、これによつて本件売掛代金債権は消滅した。

第四、被告らの抗弁に対する原告の答弁

(一)、芦野良一が、昭和四〇年五月下旬頃より横浜市南区において新規に原告から仕入れる牛乳等の小売販売業を始めたことは認めるが、右営業を始めるについて芦野と原告の使用人らが、原告主張のようなことを共謀したということ、芦野が被告悦子の得意先を全部自分の得意先にしたということは否認する。被告ら主張の芦野の行為が被告らに対する不法行為になるということは争う。得意先と牛乳販売店の関係は自由かつ流動的なもので、需要者(得意先)がどの販売店から牛乳を購入するかは需要者の任意に選択できることであるから、このような関係は法律上保護の対象となり得ないものである。したがつて、仮に芦野が被告悦子の南販売所の得意先に対して、芦野から牛乳を購入するよう勧誘して芦野から購入してもらうようになつたからといつて、それが被告悦子に対する不法行為になるものではない。

(二)、芦野が被告ら主張の牛乳受箱を利用して牛乳を配達したことがあつたとしても、右牛乳受箱を被告悦子より侵奪したことにはならない。右牛乳受箱を被告悦子の所有であることは否認するが、仮に被告悦子所有のものであるとしても、芦野は被告悦子の所有権を排除するような行為をしていないのであるから、不法行為とはならない。単に被告悦子が右牛乳受箱を回収せずに放置したに過ぎない。

第五、原告の再抗弁

仮に、被告悦子に対して芦野と原告の従業員が被告ら主張のような共同不法行為を行つたとしても、昭和四〇年七月二三日、被告悦子は芦野との間で、被告悦子の南販売所の営業に関して起つた紛争について、芦野が被告悦子の原告に対する本件売掛代金債務のうち一、三〇〇、〇〇〇円を免責的に債務引受をし、被告悦子は芦野が横浜市南区において牛乳等の小売販売を行うことについて爾後一切異議を述べない旨の和解が成立したから、右和解で定められた以外の損害賠償請求権等は、すべて右和解の成立によつて消滅したものである。

第六、証拠関係〈省略〉

理由

(一)、昭和三八年一〇月三〇日、原告と被告悦子との間で、原告主張の請求原因(一)の(1) 、(2) 、(3) の約定を含む牛乳、その他の乳製品卸売契約(本件卸売契約)が結ばれたことは、当事者間に争いがなく、真正に作成されたことに争いのない甲第一号証によると、右卸売契約において、被告悦子が原告から買受けた商品の代金を、約定弁済期に支払わなかつたときは、一〇〇円について一日八銭の割合による遅延損害金を支払う、被告悦子が原告から買受けた商品代金を約定弁済期に支払わなかつたときは、原告は何らの通知、催告を要しないで直ちに契約を解除することができる、という約定がなされたことが認められ、右認定を妨げるに足りる証拠はない。

(二)、昭和三八年一〇月三〇日、被告良作、被告富田が原告との間で、本件卸売契約に基く、被告悦子の原告に対する債務を連帯保証することを約したこと、昭和四〇年四月一三日、原告と被告悦子の合意によつて、本件卸売契約に基き、被告悦子が原告に対して負担する債務元本の極度額を三、〇〇〇、〇〇〇円から一〇、〇〇〇、〇〇〇円に改めたこと、被告良作、被告富田が、右債務元本極度額の変更による同被告らの保証債務元本極度額の変更を承諾したこと、原告が被告悦子に対して、昭和四〇年一月二七日から同年五月二六日までの間に、原告主張のとおり代金合計五、六八六、九二六円の牛乳等を売渡したこと、右期間中に原告が被告悦子に売渡した牛乳受箱等の代金、および原告が被告悦子に貸与した牛乳容器が返還されないことによつて原告が被告悦子から支払いを受けるべき約定弁償金の合計が七六、五四八円となつたこと、右の原告の被告悦子に対する売買代金等総計五、七六三、四七四円の内金の弁済として、原告が芦野良一から二、八二八、二六三円の支払いを受けたことは、いずれも当事者間に争いがない。

(二)、そこで、被告らの抗弁について判断する。

(1)、証人芦野良一、同水島康雄の各証言、および被告東海林良作本人尋問の結果を合わせて考えると、次の事実が認められる。

昭和四〇年五月二〇日頃から、原告の横浜営業所勤務の従業員で、被告悦子に対する牛乳等の卸売業務を担当していた芝沼某、水島康雄の両名が、被告悦子、被告良作に秘して、被告悦子の雇人で、南販売所における営業の管理を任かされていた芦野良一に対し、同人が独立し、原告から牛乳等の卸売りを受けて、牛乳等の販売店を営むことを勧誘し、同月二四、五日頃に芦野が右勧誘に応じ、牛乳等の販売店を営むことを承諾するや、同月二七日から原告は被告悦子に対する牛乳等の売渡しを一切中止し、同日夕刻、芝沼、水島の両名が被告悦子方に赴いて、同被告に対し本件卸売契約解除の意思表示をした。他方、原告は同日から芦野に対して牛乳等の卸売りをするとともに、南販売所の近傍にある原告の施設である中央販売所の設備を芦野に使用させ、芦野は、右中央販売所の設備を使用するとともに、南販売所において配達、販売等に従事していた被告悦子の雇人一〇数名を使用して、原告から卸売りを受けた牛乳等を、それまで被告悦子が南販売所における営業の得意先としていた者(いわゆる月極という継続的購入者、および牛乳販売を専業としない牛乳の小売業者)に対して配達販売を行つた。このため、被告悦子は同日以降、南販売所における牛乳等の販売営業を行うことはできなくなつた。

右のように認められるのであり、右認定を覆すに足りる証拠はない。そして、右認定事実からすれば、原告の従業員である芝沼、水島の両名は、少くとも、芦野が原告から卸売りを受ける牛乳等を被告悦子の南販売所における営業の得意先である者に販売するものであることを予測していたということは、容易に推認できる。してみると、原告の従業員芝沼、水島と芦野が共同して、被告悦子の南販売所における牛乳等の販売営業の得意先を奪い、その営業の継続を不能としたということができる。

(2)、原告は、牛乳販売店と得意先の関係は自由かつ流動的なもので、得意先がどの販売店から牛乳を購入するかは、任意に選択できることであるから、得意先なるものは、法律上保護の対象となり得ないものであると主張するので、この点について判断する。

営業主と得意先の関係は、一般的には得意先の自由な意思によつて変動、消滅するものであるから、営業主にとつて得意先というもの自体は法律上の権利ではなく、事実関係に過ぎないことは原告の主張するとおりであるが、得意先は、営業用の有体、無体の財産とともに、経済的組織体である営業の客観的構成要素の一つであり、営業活動によつて利益を生ずる源泉をなすものであるから、財産的価値を有するものであり、社会的に是認されないような不公正な方法によつて他人の得意先を奪うことは許されないという限度においては、法律上の保護の対象となるものと解するのが相当である。すなわち、社会的に是認されないような不公正な方法で他人の営業上の得意先を奪うことは、法律上も違法であり、これに因つて得意先を奪われた営業主に損害が生じた場合には、得意先を奪つた者は、得意先を奪われた営業主に対する不法行為を行つた者として、その損害を賠償すべき義務を負うと解するのが相当である。(営業主はその営業を他人から侵害されないという人格権を有し、あるいは、組織体である営業そのものについて営業権なる一種の無体財産権を有するものであり、不公正な方法による得意先の侵奪は、右の人格権、あるいは営業権の侵害として、不法行為となると解することもできるであろうが、しいて右のような人格権、営業権というような権利をみとめる必要はないものと考える。)

ところで、前記(1) に認定した事実によると、芦野良一が昭和四〇年五月二七日から新たに牛乳等の販売店の営業を始めるにあたつて行つた得意先の獲得は、社会的に是認し得ない不公正な方法によつて被告悦子の南販売所における営業の得意先を侵奪したもので、違法な行為であり、したがつて、同被告に対する不法行為であるというべきである。

(3)、そこで、被告悦子が芦野の右不法行為によつて受けた損害について判断する。

(イ)、いずれも真正に作成されたことに争いのない甲第三号証の一ないし一八、同第五号証、および証人芦野良一、同水島康雄の各証言、被告良作本人尋問の結果、ならびに弁論の全趣旨を合わせて考えると、次の事実が認められる。

被告悦子は昭和三二年頃、原告の従業員の仲介で南販売所における牛乳等の販売の営業を前営業主から代金一、五〇〇、〇〇〇円で譲受けて、その営業を行つてきたものであり昭和三九年四月から昭和四〇年五月までの間の南販売所における牛乳等の販売実績は、一八〇cc入り一本に換算して、年間の需要期である八、九月においては一日約七、〇〇〇本ないし七、五〇〇本位、閑散期である一二月から二月においては、一日約二、七〇〇本ないし三、〇〇〇本位、年間平均一日四、〇〇〇本程度であつた。牛乳販売店の営業譲渡においては、店舗、その他の営業用の物的設備の対価に、当該営業における牛乳の販売実績に応じた対価を加算したものを、営業譲渡の代金とすることが慣例であり、右の販売実績に応ずる対価は、昭和四〇年頃、横浜市内においては、一日の平均販売量を一八〇cc一本について五〇〇円の割合で換算した額とされていた。

右のように認められる。被告良作本人の供述のうちには、南販売所における販売実績は、需要期では一日一五、〇〇〇ないし一六、〇〇〇本、閑散期で一日約四、〇〇〇本、年間平均一日約七、〇〇〇本であつた旨の供述があるが、右供述は、前掲記の甲第三号証の一ないし一八、同第五号証に照らすと信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。右認定事実によると、被告悦子は、その南販売所における牛乳等の販売営業を継続できなくなつたことによつて、少くとも、その販売実績に応ずる営業の評価額である二、〇〇〇、〇〇〇円に相当する損害を受けたということができる。

(ロ)、被告らは、被告悦子がその得意先二、〇〇〇軒に設置してあつた同被告所有の牛乳受箱を、芦野良一が奪つたので、被告悦子は右牛乳受箱の価格(一箇三〇〇円)に相当する六〇〇、〇〇〇円の損害を受けたと主張し、証人芦野の証言によると、前記認定のとおり芦野が被告悦子の南販売所における営業の得意先を奪つて、牛乳等の販売営業を始め、その得意先に牛乳等を配達するにあたつて、被告悦子が得意先に設置してあつた牛乳受箱を使用したことが認められるけれども、右の事実から直ちに芦野が右牛乳受箱の所有権を奪つたとはいえないし、また芦野がその営業のために使用した被告悦子の設置した牛乳受箱が何程あつたかを認めるに足りる証拠もない。したがつて、芦野がその営業のために、被告悦子が得意先に設置した牛乳受箱を使用したことによつて、被告悦子が何程の損害を受けたかは、これを認定することができない。

(4)、以上のとおりであるから、被告悦子は、芦野と原告の従業員芝沼、水島の共同不法行為によつて、二、〇〇〇、〇〇〇円の損害を受けたものであり、原告の従業員芝沼、水島の不法行為は、原告の業務の執行についてなされたものであるから、原告はその使用者として、芦野と連帯して被告悦子の右損害を賠償すべき義務を負つたものといわなければならない。

(三)、次に原告の再抗弁について判断する。

真正に作成されたことに争いのない甲第七号証、および証人芦野良一の証言、被告良作本人尋問の結果を合わせて考えると、昭和四〇年七月一三日、芦野と被告悦子の代理人たる被告良作との間で、芦野は被告悦子の原告に対する債務のうち一、三〇〇、〇〇〇円を、被告悦子に代つて原告に支払う、芦野が右一、三〇〇、〇〇〇円の支払いをしたときは、被告悦子は同人の南販売所における営業の得意先についての権利に関しては一切異議を述べない、という合意が成立したこと、芦野が右合意に基いて、原告に対して被告悦子の債務の弁済として一、三〇〇、〇〇〇円を支払つたことが認められる。証人芦野の証言のうちには、同人が被告悦子の原告に対する債務のうち二、三〇〇、〇〇〇円を代つて支払つた旨の証言があるが、右証言は、前掲記の甲第五、七号証、被告良作の供述に照らすと信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

原告は、右認定の合意(和解契約)の成立によつて、被告悦子が南販売所における営業を行うことができなくなつたことに関する損害賠償請求権はすべて消滅したと主張するが、前記認定の和解契約は芦野と被告悦子間の契約であつて、原告はその当時者となつているのではないから、右契約の成立は直接には原告の共同不法行為者としての被告悦子に対する損害賠償債務に消長を来すものではない。ただ、芦野によつて被告悦子の損害が現実に賠償された場合に、その限度において、原告の被告悦子に対する賠償債務も消滅するに過ぎない。

ところで、前記(二)の(1) に認定した、昭和四〇年五月二七日以降被告悦子が南販売所における牛乳等の販売営業を継続することができなくなつたという事実からすれば、被告悦子は、前記(二)の(3) の(イ)に認定した南販売所における牛乳等の販売実績に応ずる営業の評価額相当の損害のほか、南販売所の店舗、その他の営業用設備等が不要に帰したことなどによる損害を受けたであろうことは、容易に推認しうること、被告良作本人尋問の結果、および前掲記の甲第五号証によつて認められる被告悦子の南販売所における営業に関する原告に対する債務の弁済、累積の経過を合わせて考えると、被告悦子は芦野に対して、芦野の前記認定の不法行為に基づく損害賠償請求権のほか、芦野が被告悦子の雇人として南販売所の業務に従事していた間の不法行為に基づく相当多額の損害賠償請求権を有していたことがうかがわれることなどに照らして考えると、前記認定の和解契約自体からただちに、右契約で芦野が被告悦子に代つて原告に対して支払うことと定められた一、三〇〇、〇〇〇円が、被告悦子が蒙つた前記(二)の(3) の(イ)の損害の賠償(填補)であるということはできず、他に、右一、三〇〇、〇〇〇円の支払いによつて、被告悦子の右損害が賠償(填補)されたということを認めるに足りる証拠はない。したがつて、原告の再抗弁は採用できない。

(四)、被告訴訟代理人が、昭和四一年一月二五日午前一〇時の本件口頭弁論期日において、昭和四〇年一一月二九日付準備書面の陳述によつて、被告悦子の前記(二)の原告に対する損害賠償請求権をもつて、本件売掛代金の対等額を相殺するという意思表示をしたことは明らかである。原告が本件売掛代金債権元本内金の弁済として、芦野良一から二、八二八、二六三円(前記(三)認定の和解契約に基いて支払われた一、三〇〇、〇〇〇円を含む)の支払いを受けたことは当事者間に争いがなく、前掲記の甲第五号証によると、右二、八二八、二六三円は、昭和四〇年八月二〇日までに支払われたことが認められるから、同日現在で、本件売掛代金残額は、九三五、二一一円となつたことになる。(右相殺、弁済のほかには、本件売掛金元本の弁済がなされたことについては主張がない)

原告が、横浜地方裁判所昭和四〇年(ケ)第一三八号不動産任意競売事件において、配当金として四五六、一九〇円の支払いを受けたことは原告がみずから認めるところであり、被告らが明らかに争わないので真正に作成されたことを自白したとみなされる甲第八号証によると、右配当は昭和四二年九月一九日に行われたことが認められる。してみると、右配当金は前記残元本九三五、二一一円に対する約定の日歩八銭の割合による遅延損害金(一日についての損害金は七四八円一六銭八厘八毛)の六〇九日分と五五五円二〇銭となるから、原告は右配当金によつて、昭和四一年一月一八日から昭和四二年九月一八日までの全額と、昭和四一年一月一七日分のうち五五五円二〇銭の遅延損害金の支払いを受けたことになる。

したがつて、本件売掛代金、およびこれに対する遅延損害金の残は、元本九三五、二一一円とこれに対する約定弁済期の翌日から昭和四一年一月一六日まで、および昭和四二年九月一九日から完済に至るまでの日歩八銭の割合による遅延損害金、ならびに昭和四一年一月一七日分の遅延損害金の残額一九三円となる。そして、前記の当事者に争いのない約定弁済期(このほかに弁済期到来の特約があつたことについては何も主張がない)と原告の本件請求の限度とを合わせると、本件売掛代金残元本に対する昭和四一年一月一七日までの遅延損害金(昭和四一年一月一七日分は一九三円)は、一七〇、八四八円となる(前記の相殺、および弁済によつて、本件売掛代金債権のうち、先に弁済期が到来した部分が消滅し、発生時期について、具体的主張のない弁償金等七六、五四八円については、昭和四〇年六月一〇日を約定弁済期として、残元本のうち六一、一三五円について昭和四〇年五月三一日から、七五一、一六一円について同年六月一日から、全額について同年六月一一日から遅延損害金を起算)。したがつて、原告の請求は、一、一〇六、〇五九円、およびこのうち九三五、二一一円に対する昭和四二年九月一九日から完済に至るまでの日歩八銭の割合による遅延損害金の支払いを求める限度においては理由があるが、右の限度を超える部分は理由がない。

結論

以上のとおりであるから、原告の各被告に対する請求のうち、右の理由のある部分を認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第九二条、第九三条を、仮執行の宣言については同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 寺井忠)

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